クローン病よ、良い子だから、ね

クローン病になっての心境や環境の変化、治療に関することを書いていきたいと考えてます

クローン病患者の劣等感

前回のあらすじ

期待と裏切りと言うことで薬を変える度に期待させといていざ使ってみると効果が無かったり、いまいちでだったりしているので、その事について書いた。

 

今回は病気になってから何故か劣等感を味会う事が多くなりその事について書きます。

 

病気になってから臆病になったかな?

他人に病人のクセにと言われるのが怖いし、悔しい。思われるのも悲しい。信用している人にそう思われるのはとてつもない絶望感に陥るだろうね。

病人と言うだけで負け組な感じがする。

どうしてこうなったのかな?

勝ち組がいるから必然的に負け組も生まれてくる訳です。

 

原因のわからない病気の一番悔しい所は原因がわからない事です。

この「どこにもぶつけられない怒り」

親にも兄弟にも親戚にも友人にも同僚にも上司にも部下にも医者にも看護師にも近所にも犬にも猫にも物にもどこにもこの怒りはぶつけられない。

更には反省すらさせてくれない。

せめて自分に原因があって欲しかった。

「うちはそう言う家系だから」

「あの時あそこにいかなければ(行ってれば)」

「あの時あんな事をしなければ(しておけば)」

「あの時食べなければ、飲まなければ」

こういうのがあれば、少しは楽になれる。

でも、原因不明と言うのはこういう事。

 

病人からしたら病人は「腫れ物でもないし、汚物でもない」と思っている。

でも、健常者から見たら病人は「腫れ物や汚い物や変人」に見えるかもしれない。

それはそうだよね。大多数の人と違うのですからね。

そう言う健常者の気持ちって不思議な事に口に出されなくても空気がそう物語っている。

それがヒシヒシと伝わってくる。

原因不明だと感染するのかどうかも、わからないのだから心配ですよね?

そうするとなんだか「病気でごめんね」と言う気分になる。

病気になってから言いたい事の半分、いや十分の一、いやいや百分の一、いやいやいや千分の一、いやいやいやいや全く言えていない。

言うにしても遠慮がちに、申し訳なさそうに相手を逆撫でしないように時間と場所と空気を読んで伝える。

なんか言われても言い返せない。

病気になる前はなんか言われたら「はぁ?自分でやるから引っ込んでろ」って気概で臨めたんだけどね。

ここなんです。

病気になると体力が無くなるし、いつ悪化するかわからないから自分に自信が持てなくなるんです。

そうすると健常者に頼る事になるから強気に出れなくなるんですよね。

 

完全に劣等感の塊ですね。

 

「いつかまた」「今に見てろよ」と言う気持ちはまだ、持ち続けてる。

でも、いつ病気が暴走するかわからない状態で強気には出られない。

寛解になってくれればね。

 

空気や雰囲気が読めない人間だったらね。

そう言う人間が羨ましい。

周りを気にし過ぎ何だろうね?

わかっちゃいるけど・・・。

 

 

次のテーマとタイトルは未定・・・次回に続く