クローン病よ、良い子だから、ね

クローン病になっての心境や環境の変化、治療に関することを書いていきたいと考えてます

クローン病患者が物を落とした

前回のあらすじ

喉頭浮腫なのか呼吸がしづらいと言う事を書いた。

 

今回はむくみによる弊害を書きたい。

 

 

前回の呼吸がしづらいと言う事と関連があるのかも知れませんが、むくみが相変わらずです。

最初はステロイドの副作用によるむくみだと思っていたのですが、ステロイドを休止してかなり時間が経過しているのですが、落ち着きませんね。

 

ステロイドだけでは無かったのかも知れませんね。

 

むくみはその日その時間で変わります。

30分後に突然、むくんでいるって事もしょっちゅうあります。

 

自分のむくみのバロメーターは手首の太さと手指の曲げ具合です。

 

手首の測り方は測る手と反対の手で手首を掴むのです。

その時、親指と中指がくっつくか離れてしまうかで判断しています。

スッキリしている時は楽に着くのです。

それがむくんでいると届かなくなります。

 

手の曲げ具合は実際に曲げた時にすんなり曲がるかどうかを見ています。

むくんでいる時は指がパンパンになって、曲がらないのです。

それとこぶしに骨が出て来るかどうかも見ています。

握った時にこぶしの所が平らになっているとむくんでいます。

その手を見ながら色が白いのもあり「ドラえもんだなぁ」って思っています。

それにお腹もむくんでくるのです。

お腹に何が入っているのかな?なんて考えていると、「道具?」と思ってしまう事があって、そうすると「四次元ポケット?」

これは完全にドラえもんだな。って一人で笑ってしまいます。

パンパンマンだ、ドラえもんだって忙しいです。

 

「顔で笑って、心で泣いて」なんか昔聞いたことのあるフレーズですね。

 

今までは前置きでした。

 

それで先日、土曜日なのですが、白米を炊いたんです、2合。

当然、2合も食べられないので、お皿にとって冷蔵庫に入れていたのです。

日曜日に残りご飯をレンジでチンしようとして、手に取ったら、むくんでいたんでしょうね?

思ったよりお皿を掴めていなくて、お皿を引っ張る形になってそのまま、床に落ちました。

落ちた衝撃でお皿は割れてしまい、ご飯はまき散らした感じになりました。

 

悔しかったですね。

お皿も掴めなくなったんだ。って。

そして、その割ったお皿はもう、20年以上使っているお気に入りだったんです。

情けなくなりました。

割れたお皿とご飯を片付けるのにしゃがみますよね?

その時に、お腹もむくんでいてかがめるのが辛いんです。

仕方無しに、皿の残骸が危ないと思いながらも膝をついて片付けました。

 

片付け終わった時には食欲も失せてしまい、ふて寝しました。

 

起きたら気分が落ち着いて普通の生活が出来る様になりました。

 

 

こんな事があるといつも思うんですけど、

「いつまでこんな生活を続ければ良いの?」

「戻る事はあるのだろうか?」

 

母も自分の身体が情けないと言っていました。

他の高齢者も似たような体験されているのでは無いでしょうかね?

 

そして、また、分析してしまいました。

なぜ、情けないと思うのだろうか?

それはただ、「期待しているのに裏切られた」って事なんでしょうね?

これくらいなら出来るだろうと思う事が出来ないと、情けなくなるのです。

と言う事は「期待しなければ良い」と言う事ですよね。

 

そう、喜怒哀楽ってありますよね?

あれってなんだと思います?と言うか何でなると思いますか?

 

自分が期待した事に対する結果の現れでは無いでしょうか?

これは自分に対しても、他人に対しても同じだと思います。

 

喜・・・期待以上の結果になると喜びますよね?

怒・・・期待以下の結果になると怒りますよね?

哀・・・期待以下の結果になると哀しくなりますよね?

楽・・・期待以上の結果になると楽しくなりますよね?

 

無表情の人ってのは期待が薄いのでは無いでしょうかね?

 

感情の起伏が激しい人は期待が大きいのでしょうかね?

 

 

程々の期待にして、自分のへダメージを減らすのもありかもよ?

 

 

次のテーマとタイトルは未定・・・次回に続く